「アラミス、ずいぶん落ち込んでいたけど大丈夫かな?」
「まぁ、今回のことは不運だったな」
「第一、あれは相手がずるいよ。護衛隊の連中は何を考えているんだ!」
「あの護衛士、今頃リシュリューからご褒美をたんまり頂いてるんだろうな」
「剣の技術という面ではアラミスが一番なのは誰もが認めている」
「そうだけど!・・・だからこそ悔しいだろうなと思ってさ」

外国からの客も多く招いての園遊会の一興として恒例の御前試合。
国王の銃士隊と枢機卿の護衛隊、また外国からの剣士を交えての試合は下馬評通り、
アラミスが決勝まで勝ち進んだ。

金髪と碧の瞳をした美しい銃士はルイ13世のお気に入りであり
常々、圧倒的な美技で他の剣士を負かす姿を、まるで自分が勝利したかのように
誇らしげに見物していた。

今回ももちろん、と思っていた御前でアラミスは急に崩れた。
大きく体のバランスを崩し、土に手をつけるとそのまま転倒する。
相手の追撃をかわそうとするが、体が動かず額に剣を突きつけられ「そこまで」との判定が下った。

腰を落とし土ぼこりにまみれ、剣を突きつけられたその姿は王が納得できるものではなかった。

「国王陛下はご立腹で、アラミスはしばらく謹慎とのことだ」
「そんな、ひどい」
「陛下もアラミスのこと何だと思ってるんだ!」
「ところでアラミスは?」
「隊長の部屋じゃないか」
「そっか。終わったらこっち寄っていくかな」
「いや、さっさと帰るだろうな」
「え、俺待ち伏せしてくるよ!」
「おい、ダルタニアン!」
「・・・まったく、逆鱗に触れないといいけどなぁ」

こういう時はアミラスはほっといたほうがいいんだと、何度も言っているはずなのに
制止する間もなく駆けていくダルタニアンの後姿をやれやれ、と銃士達は
呆れ気味に見送った。


*****


「申し訳ありません、トレビル隊長。私のせいで陛下に恥をかかせてしまいました」
「気にするな。あの試合が公平な試合ではないと見ていた者は誰でもわかっている。
 陛下の怒りもすぐにおさまるだろう」
「いえ、私の力不足です」
「・・・そう追い詰めるな。いい機会だ、すこしゆっくりしたらどうだ」
「はい・・・」

ゆっくりと言われても正直困る。
故郷に帰るわけにもいかないし、だからといってそれ以外の場所にあてもない。
パリの街もあまり日中は出歩かないほうがいいだろうし、どうしたものか。

いらつきながら帰路につく。
あの試合、護衛隊が卑怯な手を仕掛けてくることは予想できていた。
だからこそ、平常心で望まなければいけなかったのに、乱れた心はそのまま戻らなかった。

結局、自分に負けたのかと腹立たしく何度も反芻していたその時、
急に肩をつかまれ思わず抜き身に構える。

「!!」
「ちょっ、アラミス!俺だよ!!」
「・・・なんだ。ダルタニアンか」
「足、早いよ。声掛けても無視するし」
「・・・何か用?」
「いや、用っていうか・・・」
「無いなら今日はもう帰るよ。しばらく謹慎だしね」
「謹慎!?どうして?」
「どうしてって・・・理由は明確だろ」
「そんな・・・おかしいよ!」
「君がそんなに興奮しなくても・・・」
「・・・アラミスは悔しくないの?」
「・・・」
「皆知ってるよ!護衛隊が・・」
「ダルタニアン!」

戒めるように、声を上げるとダルタニアンさらに反抗的な顔で
何か言いたそうにしている。

「あの試合は負けたんだ。もう終わったことだ」
「・・・俺やアトスやポルトスの前でもそうだよね」
「?」
「なんにも本音を言ってくれない」
「はぁ?」
「悔しかったり、悲しかったりするならそう言ってよ」
「・・・そうやって誰にでも心を開けるのは君のいい所だな」
「アラミスは違うのかい?俺たちは友達じゃないか」
「そうだね」
「だったら・・・」
「けど、傷を舐められるのは好きじゃない。そんな友人は要らない」

絶句するダルタニアンを置いて、踵を返す。
いつもより更に早足で銃士隊をあとにした。


*****


「で、休めっていわれてるのに、何で働きに来るのかねぇ」
「仕方ないだろう。何していいのかも判らない」
「適当に遊んでればいいのに」
「適当に・・・」
「シャルメーン!そんな難しいことをアラミスに言っても無理だよ」
「あら、ジャンじゃないか。どうしたんだい?」
「親方のお使いのついで。アラミス、どうしてるかな〜って」
「ジャン、ここでは"マリー"で頼むよ」
「はいはい。マリーちゃん、ねぇ・・・」
金の髪を目立たないように布でまとめているとはいえ、居酒屋の下女としては
不釣合いな容姿だよなぁとまじまじと見上げる
「何?」
「いやー、その格好似合ってるなぁと思って」
「え・・そ、そうかな?」

何で嬉しそうなんだよ、と苦笑いする。

「だいたい、何であんなのに負けたのさ」
「え・・・」
「オイラ見てたけど、アラミスちょっと変だったよ」
「・・・言いたくない」
「何でだよー」
「もういいじゃないか」
「シャルメーンは気にならないの?」
「言いたくないことってのは誰にでもあるもんさ。さぁ、さぼってないで帰りな」
「ちぇ、じゃあね"マリー"!また来るね」

走り去っていくジャンの姿を手を振りながら見送ると、
シャルメーンが腕組みしながら何ともいえない顔でこちらを見ていた。

「・・・まぁ確かに、あの程度の護衛士に"アラミス"が負けるのはおかしいけどね。
何か嫌なことでも言われたのかい?」
「・・・」
「あと、この傷は何だい?」
「痛っ・・・」
「ちゃんと直さないと、昨日よりひどくなってるんじゃないのかい?
 今日はもういいから、上でのんびりしてな。」
「・・・」
「本当に忙しくなったら呼ぶからさ。そうそう、あんたの作ったシチュー、昨日の
客に大好評だったよ」
「・・・じゃあしばらくだけ」

2階の客室の一つを借りて、窓からぼんやりとパリの街を眺める。そして
銃士としての役割のない自分は、本当にどうしようもない存在だなと思う。
いや、もともと"アラミス"は銃士以外の何かである必要はないのだけれど。

パリに出てきて、銃士になった頃はただただ訓練に打ち込んでいればよかった。
ただ一つの目的を達成するためには強くならなければいけない。それ以外は
考えず、剣を振り、いつのまにか周りを圧倒するようになり・・・

「御前の大会で初めて優勝した時は嬉しかったなぁ・・・」

そんな感情を抱くことすら本当は不要なのだけれど、それでも強くなり周りから
認められるのは嬉しかった。

「ルネ、よくがんばったね」

そして、あの頃よくみてた夢。あの人が優しく微笑む。

胸にこみ上がるどうしようもない焦燥感は自分への罪悪感の裏返しと思う。
あれから5年以上経っている。最初の頃のたぎるような使命感はどこか薄れて
きているのではないか。ルネがあの時、賊に抱いた恐ろしいまでの憎悪はどこに
行ってしまったんだろう。

「憎しみの感情はいつまでも続かないものだ」

ふと、アトスの言葉が思い浮かんだ。
いつだったか珍しく酔っていて、過去の女の話なんて普段は絶対にしない彼が
ぽつりぽつりと話したことがあった。

話自体はよく覚えてないが、その言葉だけは妙に心に残った。
そういえばその後、ポルトスが「誰かを憎んで生きるより、愛し愛されて
生きるほうが幸せに決まってるじゃないか!」と彼らしいことを言っていた。

ぼんやりと考えに耽っていると、いつの間にか日が暮れて下が騒がしく
なってきていることに気が付いた。


*****


「こちらの護衛士はなんとあの銃士隊のアラミスをこてんぱんに打ちのめした方だ!」
「ほら、上等な酒を持ってこい!金ならいくらでもある」

他の客が顔をしかめるのも構わず、大騒ぎを始める護衛士達にシャルメーンが
ボトルを何本か持ってくると護衛士の隣の席に座り込んだ。

「アタシでよけりゃ酌くらいしてやるよ」
「おっ、なかなかいい女だな」
「けど俺の好みじゃないな」
「贅沢言ってんじゃないよ。ルーブルで相手されないからって」
「あ、あの女はどうですか?」
「・・・いいな。そこの女、こっちだ」

なんだか店が騒がしいなと降りてきた"マリー"に一人の護衛士が目ざとく声をかけた。
護衛士なんか当分見たくなかったと、思い切り顔をしかめ不機嫌さを隠さないまま
相手を睨みつけた。

「・・・」
「こちらの方の酒の相手をしろ。光栄に思えよ」
「・・・」
「あの銃士隊のアラミスを倒した方だぞ」

下卑た視線でなめまわすように"マリー"の体を品定めして、さらにその顔を
よく見ようと顔に掛けようとした手を思い切り振り払った。

「ちっ、気の強い女だな」
「・・・」
「おい。何とか言ったらどうだ?」
「やめなよ。その娘はフランス語がわからないんだよ」
「へぇ、外国の女ってことか。悪くないな」

もちろんそれは、"マリー"の正体がばれないようにする為のシャルメーンの嘘だったが、
かえって護衛士の邪な心を煽ったようだった。

「おい、上の部屋、借りるぞ」

マリーの腕を強引に掴むと、引きずるように階段を登り始めた。
シャルメーンが止めようとするが、"マリー"はそれを制するように目で合図を返すと
嫌がるような素振りをしながら、護衛士に連れ去られていった。


*****


力任せにベットに押し倒られると、酒くさい息が顔に掛かりますます不快になる。

「俺は今パリで話題の護衛士様だ。光栄に思えよ」
「・・・」
「って、俺が何言ってるのかわからない、か」
「・・・ええ、聞きました。卑怯な手が得意なんですってね」
「あ?」
「いつまで触ってるんだ?」
「ぐっ」

思い切りみぞおちに蹴り上げると、ドレスの裾から青く腫れた太ももがのぞく。

「うっ・・ぐぅ・・・その傷、お前!?」
「ああ、"パリで話題の護衛士様"達に付けられた傷だ」
「・・・ど、どういうことだ?」

混乱したまま、とにかくこの場から逃げ出そうと扉を開けると
ぬっと剣を喉元に突きつけられた。

「うっ」
「そう簡単に逃げられると思うなよ」
「アトス!」

じりじりと護衛士を部屋の中に後ずさりさせると、後ろ手に静かに扉を閉めた。

「ずいぶんと調子に乗っているようだな」
「・・・あの試合で勝ったのは俺だ。何が悪い」
「勝った、か。本当に勝ったと思ってるのか?」
「・・・なに?」
「お前がアラミスにしたことは既にリシュリュー殿にも伝わっている。彼は狡猾ではあるが
汚い手は好まない。お前の処分も考えているようだ」
「処分だと?」
「下の連中は全員引き上げたぞ。我ら銃士隊に一蹴されてな。
 ・・・お前ももう帰ったほうがいいんじゃないか」
「・・・なんだと」
「判っているだろうが、この事は他言無用だ」


*****


護衛士はシャルメーンにきっちりと勘定された後、夜の闇に消えていったようだ。
所在なさげにアトスと向き合うと、当たり前のようにその名前で呼ばれた。

「アラミス、大丈夫か?」
「・・・アトス。なぜここに?」
「シャルメーンからの使いが来てな」
「そっか、・・・悪かったね」
「何を謝る?」
「いや、面倒なことに巻き込んで」
「面倒だなんて考えなくていい。まぁ私の助けは必要なかったのかもしれないがな。
 それよりその足、ちゃんと冷やしたのか?」
「え?ああ・・・」
「変にかばってると悪くするぞ。見せてみろ」

男の服装の時にも同じように足の手当てを受けたことはあるが、ドレス姿で足を
見られるのは恥ずかしい。

そんな気を知ってか知らずか、一通り足を診るとベットに腰掛けるアラミスの
ドレスの裾をきちんと直し正面から向き直る。

「無事で良かった」

心底ほっとした顔で、肩に手を掛けられる。
どくん、と火照りそうになる顔を伏せると、一つ息をついて"アラミス"の顔で
笑ってみせる。

「傷も大したことなさそうだな。いい薬を塗ればすぐに良くなるだろう」
「ダルタニアンの薬がいいな」
「そうだな、あれば良薬だ。すぐ貰ってくるよ」
「すぐ?」
「ポルトスとダルタニアンは下で酒盛り中だ。護衛士を追い払った祝杯だな」
「そうなんだ、手早いね。僕も混ざりたいな」
「その格好では無理だろう」
「・・・そっか。残念」
「が、せっかくだから1杯貰ってくるか?」

1階の喧騒とは別に2人だけで2杯のグラスで乾杯をする。
何も聞かないまま一緒に居てくれるアトスの横は心地良く、ほぉと息を付くとワインが
体に染みていくのが判った。

「これ、美味しい」
「ああ、この店で一番いいワインらしいぞ」
「え、じゃあかなり高いんじゃないの?」
「なに、勘定は"護衛士様"が済ませてくれてる」
「それって・・・」
「シャルメーンはやり手だな。ま、酒の良し悪しの判らない奴らが悪い」
「ふふ、彼女は本当に頼りになるよ」
「少しは見習ったらどうだ」
「どういう意味?」
「そうだな・・・君はもっとズルくなってもいいんじゃないか?」
「・・・?」
「けど、それは私の好きなアラミスではないなぁ・・・」

独り言なのか何なのか、ぶつぶつと呟くアトスの言葉は時に心臓に悪い。
何か言い返したいが、心地よい酔いに身を任せていると何だか眠くてそのまま目を閉じてしまった。

「今日はもう眠ったらいい」
「・・・うん」
「おやすみ」
「ん・・・」

これまでに溜まった疲れを癒すように寝入る横顔は年齢よりずっと幼い。
金の髪を梳いて撫でると気持ちよさそうな寝息も聞こえてきた。

部屋を静かに出るとシャルメーンが外で待ち構えていた。

「よく効いたみたいだね」
「そうだな。だが、大丈夫なのか?」
「心配ないよ。ちょっと眠入りが良くなるだけの軽いやつさ」
「そうか」
「何だったらそのまま一緒に寝たらどうだい」
「いやいや、朝起きたとき殺される」
「ははは、そう。じゃ私と一緒に寝る?」
「それも遠慮しとくよ」
「かたいねぇ〜」
「さて、私も下の騒ぎに混ざるかな」
「まぁみんないい食べっぷり飲みっぷりだよ」
「そりゃあ、金の心配が無いとあればな」
「護衛士、様様だね〜」
「"マリー"のシチューはまだあるかな?」
「何言ってんだい。とっくにポルトスが全部平らげてたよ」
「何?」
「昨日、食べたじゃないか」
「・・・今日も食べたかった」
「だったら、そのうち個人的に作ってもらいな。また一つ楽しみができたってことさ」

恨みがましく思いながらポルトス達の所に残っていた酒をやけ気味に飲み干すと、
明日も勤務だからとそれぞれを強引に帰路に付かせ、自分はもう一度、アラミスの寝入る
部屋に戻った。


*****


「え!それってアトスの恋人ってこと?」
「そうみたいだな。俺も昨日初めて知った」

銃士隊の中庭でポルトスとダルタニアンが噂話にしては大きな声で
話しているのが聞こえてきた。

「何の話をしているんだ?」
「あ、アトス!おはよう!」
「お!色男」
「何の話だ・・・」
「シャルメーンの店の娘ってアトスの恋人なの?」
「はぁ?」
「ってシャルメーンが昨日こっそり教えてくれたんだよね」
「・・・」
「護衛士に絡まれてた娘を助けにいっただけかと思ったけど、アトスの
恋人だったんだね。そりゃ必死になるよね!」
「いや・・・」

どう弁解しようかと考えあぐねていた所に、タイミング悪くアラミスが
通りかかった。

「あ、アラミス!」
「皆、おはよう」
「謹慎、解けたの?」
「ん、さっきトレビル隊長からの使いが来てね」
「良かったね!そうだ、アトスに恋人が出来たんだよ」
「おい、ダルタニアン!」
「シャルメーンの店の娘なんだけどさ、アラミス会ったことある?」
「え、いや・・・」
「すっごい美人だって聞いたぞ」
「へぇ・・・」

ちらっと上目使いで睨まれたような気がしたが、とりあえずこの場を収めようと
近いうちに彼女と会わせるからと、二人を持ち場に戻した。

「すっかり噂になってるみたいだね」
「そうなのか?」
「来るとき、他の銃士達も話してたよ」
「ははは」
「笑い事なの?」
「んー、まぁいい。アトスの女嫌い返上だな」
「出鱈目なのに?」
「出鱈目なのか?」
「は?当たり前だろう」

さっそくご立腹だ、と苦笑いする。

「ま、近いうちにマリーは国に帰り、アトスは振られたとの噂が立つさ」
「・・・そう」
「で、女嫌いに拍車が掛かる、と」
「・・・アトスの女嫌いって本当なの?」
「さあ?誰が立てた噂か知らないがそういうことになっているようだ」
「ふぅん?」
「ま、そのほうがいろいろ都合がいい」

よくわからない、と見上げてくる顔色は昨日よく眠れたおかげか随分良くなっていて
薔薇色の頬が可愛らしい。いつか独り占めしたいと思う気持ちにそっと蓋をして、今は
一番近い友人として傍に居られることを幸運に思うことにした。



直線上に配置




時間がかかった割りには内容うすい・・・
いろんな雑念が入ってしまい、うだうだしているアラミス。
6年の間、まぁいろいろあったんだろうなぁと。
迷うこともあっただろうけど、その時間は決して無駄ではなかったはず。

そしてお得意、いつの間にかアトス視点です。
ポルトス達を追い出して、部屋に戻って何してたかって、寝顔を肴にちびちびやってた
みたいです。根暗な男だ。




















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