「7日は誕生日なんだ」

ぽつりと紡いだ言葉にアトスは少し驚いた顔をした。

「・・・なに?」
「いや、珍しいと思ってな」
「・・・?」
「6年友人をやってて初めて聞いたぞ」
「誕生日?」
「君が、自分自身のことを話すなんてな」

そうだっけ、とはぐらかして歩を進める。
確かに、下手なことを言って"バレて"しまうことを警戒している。
出身地や子供時代の事も話題から意識的に避けていた。

なのになぜ、今更こんな話をしてしまったのか。

「何か祝いをしなくてはな」
「要らないよ」
「では、なぜこんな話をしたんだ?」
「・・・・・」

アトスの問いに自問自答する。
歳を重ねることが嬉しいとは思えない。
むしろ1つ歳を取る分、また「16歳のルネ」が遠くなる。
復讐相手の手掛かりも何もなく、体の傷だけが増えていく日々は忌むべきもので。

けれど、ダルタニアンを守った銃痕ですら誇りに思う自分が居る。
この命はフランソワだけの為に生かされていると思って剣を取ったはずだったのに・・・

アラミスがルネから乖離していく感覚。
最初に感じたのは20歳を過ぎた頃だっただろうか。

「そうやって黙り込むのは君の悪い癖だな」

呆れたようなアトスの声で我に返ると、苦笑いのまま覗き込む友人の顔が近くにあった。
菫色の瞳が目の前にあって、思わず後ずさりすると困ったように溜息を一つ付いて、
ゆっくりと話し始めた。

「何を難しく考えているのかは知らないが・・・
6度も君の誕生日が過ぎているということは6年間、君と私の友情が変わらなかったということだ。
互いに命を落とすこともなく、王に忠誠を誓う銃士としての職務を全うしてきた。
それは、とても奇跡的なことだと思わないか?
私はそれを祝いたいと思うが、おかしいことかな?」

淡々とした言葉から、アトスの想いが伝わってくる。

ふっと肩の力が抜けて、口元が緩むのが判った。

「アラミス、誕生日おめでとう」
「・・・まだ早いよ」
「いいじゃないか。私が一番乗りということで」
「まぁ、いいけど・・・」

名前を呼ばれる心地よさをかみ締める。
"アラミス"の愚かな自己顕示欲はこんなに簡単に満たされる。

「とびっきりのワインがいいな」
「何の話だ?」
「もちろん、7日のプレゼントだよ」
「・・・調子のいいやつだな」



******************************

        そして7日になりました〜♪
        視点はアトスサイドへ 
 

******************************



どうしてお前達までついてくるんだ・・・

舌打ちをしたい気持ちだが、朗らかに笑うアラミスの姿に
まぁいいかとすら思ってしまう・・・いや不本意だ。

大急ぎでとびきりのワインを手に入れて、たまには二人でどうだ?と
誘いを入れている所を目敏くダルタニアンに見つかってしまった。

「何?ごちそうの話?」
「なんだと?それは見逃せないなぁ」

ポルトスまで寄ってきて、結局はいつもと同じ。
いつもの店で4人で酒盛りだ。
ダルタニアンは酒を入れるとますます多弁になりあれやこれやと、
話題を提供し場を盛り上げる。

「ところで今日って何かあったの?」

ふいに、ダルタニアンが私に言葉を投げ掛ける。

「ワインがどうの?って、何かいいことがあったの?」
「いや・・・」

口ごもる私の代わりにアラミスが楽しそうに答える。

「美味いワインを飲みにいこうって話をしてたんだ。最近、安酒しか飲んでなかったからね」
「えー、だったらこれも安酒じゃんー」
「ダルタニアンに酒の味が判るのか?」
「馬鹿にするなよ。パリに出てきてからそれなりにいろいろ経験して・・・」
「へー、どんな女と寝たんだ?」
「今は酒の話を・・・」
「女と酒は切っても切れないもんだ。さぁ話してみろ」

ポルトスの茶々入れにダルタニアンがもじもじとどこぞの御婦人に頂いたワインが、と話始める。
アラミスも相好を崩しながら、その話に加わっていたがふ、と目が合うと、

小首を傾げて付いていた頬杖から人差し指を小さく唇に当てた。

・・・今日が誕生日であることは内緒だよ、という意味だろうか。
あまりに愛らしい仕草に極上のワインを含んでいるような気分にすらなる。
一瞬のことだったが、間違いなく自分だけに向けられたサインの意味をあれこれ思案してしまう。

「アトス?アートースー?」
「あ、ああ。何だダルタニアン?」
「何だ、じゃなくて・・・一番美味しいワインを教えてよ」
「美味しい?」
「そう。アトスが思う一番はどこのワイン?」
「何だ?御婦人への自慢の種に使うつもりか?それを飲んだこともないくせにな〜」
「うるさいな、ポルトス。いいじゃないか、まずは知識を付ける所からだよ」
「もてたい男は大変だね〜」
「アラミスまで!君は何もしなくても大モテだろうけどさ!」

じっと私の顔を見るダルタニアンの目は真剣だったが、
あまりの真剣さに思わず噴出してしまった。

「ぶっ・・・」
「ひどい!アトス!今笑っただろう!」
「いや、すまない。笑うつもりはなかったんだが」
「笑ったっていいよ!教えてよ!」
「いや、そうだな。一番美味いワインか・・・」
「そう、それそれ!」
「・・・・・愛しい人と二人きり、美しい月夜の下で飲むワイン、かな」
「へっ?」
「なるほど〜、一理あるな。さすがアトスだ」
「・・・意味がわからないよ、ポルトス」
「4人で食う飯が最高に美味い、と同じことだ!」
「え〜・・・?」

不満顔のダルタニアンの横で、アラミスが何かに気づいたようにふっと笑った。
それはどういう意味だ、と視線を返すとしらんぷりのつもりか澄ました顔で
ほんのりと赤らんだ頬がまったく憎たらしい。

ダルタニアンにたっぷりと酒を注ぎ、自分も杯を空ける。
夜はまだまだ始まったばかり、と心の中で呟いた。



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安酒を浴びるように飲ませ、ダルタニアンをきっちり潰したアトスは満足そうだった。
いい具合に酔っているポルトスに送っていくように押し付け、二人の後姿を見送る。

「あれじゃダルタニアン、明日出てこれないかもね」
「若いんだ。大丈夫だ」
「容赦ないね。潰すつもりで飲ませただろう?」
「まさか。楽しく飲んでいただけだが?」
「楽しく、ねぇ・・・」

横目でアトスの様子を伺うと、あれだけ飲んだのに酔った素振りすらなく淡々としていて、
「じゃあ私はこっちだから。また明日」とあっさりと逆の道へカツカツと歩を進め出した。

結局いつもと変わらない一日だったな、とぼんやりと遠ざかる背中を見遣る。
静かに視線を送ると、それを感じたのかアトスはくるりと振り返る。

"本当は二人で過ごしたかったな"

離れてしまっているので声が聞こえた訳ではなく、月の光だけでは表情も判らない。
けれどもその言の葉はすっと心の中に染み入る。

ゆっくりと頷くと、アトスにそれが伝わった様だった。
ひらひらと振った帽子を被りなおすと、足取り軽く帰路に付いた。




直線上に配置




もうちょっとシリアスな話になりそうだったんですが、普通にラブラブな話に
なってしまっている・・・

時期は首飾り〜鉄仮面の間くらい。
フランソワの影にがっつり囚われてない、アラミスもたまにはいいかと思いました。


アラミスがこんな乙女な仕草はしないだろうよ、とも思うのですがね。
そしてお互い探り合い。いちゃつきたいーってより、何となく二人で居たいな
って思うくらいの頃かな。ちょっとずつ育てる愛ってことで。














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