「誕生日、おめでとう!」

思わず振り返ると、若い男女が幸せそうに額を寄せ合っていた。
小さな花束を受け取った女は、この世の幸を独り占めしたような表情をしている。

自分は誕生日プレゼントを最後にもらったのはいつのことだ?
・・・思い出すと反吐が出そうになった。
あの女から貰った宝石は死体と一緒に埋めた。
高価なものだったのかもしれないが、何の価値もなかった。
あの花束のほうが、よっぽど・・・

人の幸せを羨む己に嫌悪感を覚え、それを振り払うように
安い花の寄せ集めなぞと心の中で呟くと、踵を返してパリの街を歩く。
新しい朝を迎えた街は忌々しいほどの活気に満ちていた。

波立つ心を押さえ、トレビル邸へ急いだ。
今日は他の銃士より少し早めに出て来いと言われている。
おそらく今後の宮殿勤務についてのことだろう。
年も一つ取り、責任ある職務に就けるようになるのは誇らしいことだ。

部屋の扉を叩き、中に入ると難しい顔をした隊長と目があう。
同時に華奢な後姿にも気が付いた。

「アトスか。早かったな」
「早すぎましたか。・・・先客ですか?」
「いや、客ではない。アラミス、彼がアトスだ」

振り向いた瞳は透けるような青色で、警戒心むき出しでこちらを見ていた。

「彼はとても優秀な銃士だ。いろいろと教わるといい。
アトス、これははアラミス。銃士志願だ。頼んだぞ」
「はっ?」
「・・・アラミスです。よろしくお願いします」

頼むと言われても、人にものを教えたことなぞない。
後輩の面倒というなら、ポルトスあたりが向いているのではないか。
なぜ私なのか・・・
大体、この容姿で銃士隊をなぜ志願してきたのだ。

とんでもない誕生日プレゼントだな、と恨めしく隊長を睨んでみたが、
大きく頷かれただけだった。


**********

歳は16、剣の腕を試してみたらまぁまぁ使える。
馬もよく駆れるし、隊長のお墨付きもあり早々にも銃士として
正式に登用されるだろうが、何より目を惹くのはアラミスの容姿だった。

金の髪に縁取られた白い肌を薔薇色に染め、青の瞳を反らさず相手を見る。
銃士隊はいわんや、護衛隊や宮殿に出入りしている貴族連中にも一日で噂は広がったようだ。

宮殿や銃士隊の詰め所を一通り説明し、そろそろ夜勤連中と
交代の頃かなとアラミスに今日は上がるように声を掛けた。

「そろそろ帰る時間だ」
「あのっ・・・」
「何だ?」
「・・・王や貴族に気に入ってもらうにはどうしたらいいのでしょうか?」
「はぁ?」
「宮殿の重要警護に付くには?」
「・・・そういう事が得意な連中に聞いてみればいい。私は知らん」

顎で指した先には、華やかな銃士達が今夜の相手の話をしているようだ。
アラミスの視線を感じてか意味ありげな流し目が癇に障る。

「彼らならよく心得ているだろう」
「はい。先ほど声を掛けられ・・・少し話をしました」
「そうか。なら・・・」
「いえ。私はあの方達のように振舞うのは難しいです」
「そのほうが近道だ」
「いえ、私には・・・」
「昼間見た光景が衝撃だったのか?」
「・・・」
「ルーブルではよくあることだぞ」
「!!」
「昨日は違う御婦人と茂みで睦んでいたな」
「そんな・・・」

顔を赤くしたり青くしたりしながら、未知の世界について理解をしようと
視線を泳がせているが首を小さく振ると、もう一度向き直ってきた。

「それ以外に方法はないのでしょうか?」
「君の容姿ならそれが一番早い」
「嫌です」
「・・・」
「・・・」
「・・・ならば御前での剣術大会で優勝してみろ」
「え?」
「腕試しの場として、銃士隊や護衛隊だけではなく貴族連中も参加している。
そこで誰よりも強く美しい剣技を王やとりまきの前で披露すれば自然と声もかかるだろう」
「それはいつ開かれるのですか?」
「毎年2回、春と秋に行われている。この秋の大会はもう来月のことだな」
「・・・そこで優勝すればいいのですね」
「おい、優勝するつもりか」

いくら何でもそれは無理だろう、と笑いそうになったが
本人はいたって本気のようだった。


***************


「ポルトス!アラミスを知らないか?」
「いや〜、試合の後は見てないなぁ」
「そうか」
「惜しかったよな。けど初出場であれだけやれば大したもんだ」
「そうだな」

ポルトスとの会話もそこそこに、ルーブルや銃士隊の詰め所を探しまわるが、
アラミスの姿はどこにもなく、気が付けば日も暮れて冷たい風が吹き始めていた。

諦めて帰ろうか、その前にもう一度、と心当たりをウロウロとしてみると、
普段は人気の無い書庫から物音が聞こえてきた。
そっと戸を開けると、机の上には風に捲くられた本が散乱しその横でうつ伏せのまま
寝息を立てるアラミスが目に入った。

「こんな所に居たのか」

呆れて近寄り書物を片付けようとすると、それらが剣術書であることに気が付く。
アラミスの顔を見下ろすと涙の跡なのか目じりが赤く腫れいつもは形良く上がっている
眉が下がっているせいか、随分顔が幼く見える。
何度も潰した手のひらの豆も痛痛しい。

「よく・・・頑張ってたな」

自分は人を褒める言葉はあまり知らないが、素直に思いを口にし、金髪の頭をそっと撫でる。
その感触の心地よさに、思わず二度三度と撫でたあと柔らかそうな頬を
そっと触れてみたくなった。

途端、びくっと身じろぎアラミスが目を覚ました。

目を丸くし、何が起こったかわからないという顔を
しばらくした後、ほっと表情を緩めた。

「なんだアトスか。びっくりした」
「・・・こんな所で寝るな」
「あ、うん。いつの間にか寝てたみたいだ」
「この本、読んでたのか?」
「・・・いや。少しだけ」
「今日の結果に納得していないんだな」
「・・・」
「あの判定が不服か?」
「・・・はい」

アラミスの相手は、王の側近である公爵のお気に入りの剣士だった。
技術ということではアラミスが上で、それは剣を使う人間なら誰もが判った。

だが相手が繰り出し続けた華やかな剣技は一度だけアラミスの腕をかすった。
それが全てを印象付けた。

「残念だったが判定は判定だ」
「はい」
「・・・君には経験が絶対的に足りない。相手の無駄に派手な動きに騙されて
自分の剣を見失ってはいけない」
「はい」
「例えば・・・そうだ。ポルトスを見てみろ。剣術書なぞ1枚たりとも
読んでないが腕は確かだろう。それは・・・まぁ本人のケンカっ早い性格もあって毎晩の
ように実践を積んでるからだろうな」
「・・・何が言いたい?」
「焦るな」
「え?」
「まだやっと1ヶ月だろう。そんなに焦るな」
「・・・」
「君の剣の腕は確かだが、ルーブルの見物人を満足させる
派手な立ち回りをするには、まだまだ経験が必要だ」

視線下げて、唇をかみ締めて何か言いたそうにしている。
おそらく"剣を極めるのになぜ見物人を満足させなければいけないのか"と
でも言いたいのだろう。
そして分厚い正統派の剣術書に救いを求めようとしていたのか。

あまり感情を表に出さないアラミスの心の内が、今日はよく判る。
妙な高揚感から饒舌になるのを止められなかった。

「指導役として力になるから、何でも相談してくれ。剣術の他必要な知識も
いろいろとある。私も人付き合いは得意ではないが、それでも教えられることは
あると思うから」
「・・・・・」
「アラミス?」
「・・・今日は帰ります」
「あ、ああ・・・そうだな。ではまた明日」

ドアが静かに閉じて、足音が遠ざかっていく。
多弁になりすぎた自分を省みるが、静かな動悸が響いてくるだけだった。














直線上に配置



アトスの誕生日ネタで何かないかなーと妄想してたところ、
人が人を好きになる瞬間、を書いてみたくなりまして。
アトス→アラミスの心が動くその時、みたいな・・・
(しかしこの話、誕生日である必要はないなぁ。しまった)
一生懸命「俺には判るから!」となぐさめるアトスがちょっと気持ち悪いですね。
アラミスの反応はイマイチですが・・・

アトス22歳。アニメのアトスは既におっさんでしたが、
まだ落ち着いてない頃のアトスってどんな青年だったのかな。
プライド高そうで、言葉には出さないけど周りより自分が優秀であることを自負してそう。



この逆のアラミス→アトスの瞬間ってどういうシチュエーションがいいかなぁ・・・











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