こいつが「女」だと判ったのはどの瞬間だっただろう。

空を仰いでいる姿を遠目で見た時だったか。
視線を落として、小さく溜息をついている背中を見た時だったか。

決定的な"何か"があった訳ではなく、それでも確信はあった。
アトスはどうだろうか。

俺が気がついているのに、気がついてないはずはない。
それでもアトスらしく、不自然なくらいに自然に接している。

今夜のように3人で飲むことは珍しい。普段は仲間たちの喧騒の中
それぞれに一人の銃士としての役割を果たしている分、今日は
自分のペースで杯を進められる気楽さを感受していた。

アトスは好きな酒を好きな様に飲み、俺は好物の肉を好きなだけ食べる。
アラミスはというと、アトスの酒を少しだけ拝借しながら俺の肉を
器用にさばいてくれていた。

「アラミス、もう食べないのか?」

その蒼の瞳が少し潤んでいるように見えて、酔いが回っているのが判る。
普段は酔わないように、警戒しながら飲んでいるのを知っていたから
その表情のどこかに何かを探してしまいそうな自分を戒めた。

「・・・欲しくなったら(食べるから)」

なのに、何でもない言葉から思わぬ妄想をしてしまう。
あぁ、俺も酒が回っているのかもしれない。

いや、俺の好みは豊満な体と女性らしい性格を持った御婦人。
目の前の口も悪い、ケンカっ早い、ましてや銃士なんぞやっている
女は範疇じゃないはずだ。

「ポルトスって熟女好きなの?」

唐突な言葉に、むせかえった。
肉とワインの匂いが鼻腔をついて、息苦しさに思わず睨み返すと
アトスも堪えきれず笑い出していた。

「ジョルジュが言ってたよ。ポルトスは若い娘には興味を示さないって」
「若い、ってもしかしてあの小娘のコト言ってんのか?」
「ああ、あの可愛いお嬢さんか」

少し前、社交界デビューしたばかりの娘から誘いを受けたが
歳を聞いて、さすがに断った。生意気そうなブルネットの瞳に
何とも言えない嫌悪感を覚えたが、こればっかりはどうにもならない。

「さすがに無理だ。適度に慣れてる御婦人がいい」
「つまり熟女ってこと?」
「・・・若けりゃ若いほどいいって奴を紹介しといたよ」
「それって、ひどくない?ポルトス」
「は?」

非難を理由を少し考えて、まさかと思いつつ反論をする。

「その娘は俺がよかったわけじゃない。誰でもいいんだ」
「まさか。だって・・・」
「初めてだろうと何だろうと、男を知らないままじゃ恥ずかしいんだとよ。
・・・おい、俺を睨んだって仕方ないだろう!」

不満そうにアトスの酒に手をのばすと、アラミスはぐいと飲み干した。
その喉の動きが妙に気になってしまう。

やっぱり酔ってるな、と思う。
いや、俺もそうだがアラミスも酔っている。
いつもしゃんとしている背筋が、まるで猫のように愛らしく
力が抜けているせいか、自分の腕の中に収めてしまいたい
衝動が突き上げてくるのを感じていた。




********************




すっかり酔ってしまっている。

アトスは顔色ひとつ変えず、酒を含みながら手を伸ばして
金髪をいじって遊んでいるが、それに気がつくこともなく
ふわふわとした微笑を浮かべると、「まだ飲む」と言わんばかりに
グラスに手を掛けようとしていた。

さすがに限界だな、とアラミスの腕をつかんで勢いを
付けて背負うと、編まれていた金糸がはらはらとほどけて
くすぐったく頬に触れた。

「家まで送っていくわ」
「・・・」
「このまま一人で帰らせる訳にはいかんだろ」
「まぁな」
「ほら、アラミスしっかりしろ!」
「ん・・・」

俺の肩の上で気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
何とも言えない感触に背中から首筋にかけて泡立つのを
酔いのせいにして、店を後にしようとする。

「ポルトス」
「なんだ?」
「例の御婦人、今夜とてもお暇だそうだ」
「・・・?」
「来る時にたまたま会ってな」
「ルイーズのことか?」
「ああ、そんな名前だったかな」

何を言いたいのか判らなかったが、アトスの目の奥が
見透かすように光っているのが判った。


********************

パリの街をふらふらと歩き、アラミスの家にたどり着いた頃には
家主はすっかり深い眠りに誘われていた。寝室のベットに
横たえると窮屈そうにうなりながら体をよじるから、靴と上着を
脱がすと寝息が少し楽そうになった。

寝台に腰掛けて、横顔を彩る金髪を梳くように整えると
無防備な素顔が見えて、思わずふっと笑いがこぼれた。
何を考えて、こんな生活を選んだんだ?問いかけるように
頬に触れると、不快そうに顔をしかめられた。

「俺に触れられるのは、嫌なのか?」

思わず出た言葉には、もちろん応えない。
ならば、とシャツの留めを華奢な首筋からいくつか外し、
細い腰に手を侵入させると、ゆっくりと撫で付けるように、
自分の痕跡を残すように触れ続けていくと、びくっと
アラミスの体が反応したことで、我に返った。

何をしているんだ、俺は・・・
酔ってるとはいえ、こいつに「女」を求めるなんて、
どうかしてる。

幸いなことにアラミスはまだ眠りについたままだ。
そそくさとその場をあとにして、この体を受け止めてくれる
御婦人の元に急ぐことにした。


**************

翌朝、一番飲んでいたはずなのに、涼しい顔をして馬の手入れを
しているアトスの姿を見つけた。

「アトス、おはよう」
「おはよう」
「昨日は助かった」
「何だ?」
「結局はルイーズの世話になった」
「ああ、よかったな」

見透かされてて照れくさかったが、言ってしまったほうが
気が楽になった。

「俺も以前、同じことがあってな」
「アトスも?」
「酔ったあいつを、送っていった時だ」
「ああ・・・」
「急に相手が見つからなくて、困った」
「・・・はっ」

共犯者の笑みがこぼれた。
確かにあの姿は、あまりに誘惑的すぎる。
森で見掛けた女神に手を出してしまい、その怒りに触れ
獣にされた男が居た、なんて物語を聞いたことがあるが
あれは実話だったのかもしれない。

一度触れてしまったら、友人には戻れないだろう。
自分が獣であるのは、御婦人方とのベットだけでいい。

自制できたことに妙な自己満足を覚えて、にやにやしていると
不機嫌そうな顔が視界に入った。アラミスだ。
俺のことを認めると、スタスタと近づいてきて、人気が無い場所に
手を引かれた。

「おいおい、こんな朝っぱらから逢引は困る」
「・・・そうじゃなくて!!」
「ん?」
「その、昨日さ・・・」
「ん〜〜?」

余裕ぶってニヤニヤし続けていると、キッと俺のことを睨み
つけてくる姿が、また可愛くて仕方ない。
が、あまりに意地悪をし過ぎるのも良くないな、と首を振って
大袈裟なジェスチャーを返しておいた。

「心配するな。俺は色気たっぷりの御婦人にしか興味はない」
「!!」
「お前に手を出すほど、女に困ってないから安心しろ」
「・・・そう」
「何だ。俺に抱かれたかったのか?」
「そんなわけないだろ!!」

顔を真っ赤にして否定する姿が可笑しくて、笑いが止まらない俺を
もう一睨みすると、金髪を翻してアラミスは行ってしまった。












直線上に配置






GO!してしまった話は赤信号の先に移動させました。
あれって裏だよね。けど本当に裏に行くからには、ちょっと(?)加筆してます。















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