「アラミス、どうした?」

心地よい低音が胸に染み込んでいくよう。

「この場合は、そうだな・・・」

銃士としての会話。

「・・・この配置のほうがいいな」

迷いなく的確なアトスの言葉に何度も助けられてきた。

菫色の瞳が優しくて、高鳴る胸の鼓動を聞かれないように踵を返す。

当たり前の日常なのに、せつない想いが胸に満ちていく。

泉の様に湧き上がる想いに耐えられず、私はまたパリから逃げた。




**********

「アラミス、来ていたのですか」
「神父様・・・お久しぶりです」

パリと故郷の村との間にある小さな教会。
一心にあの人を想い祈りを捧げていると、穏やかな声が聖堂に響いた。

「顔色があまり良くありませんね」
「そうでしょうか」
「また思い詰めているのですか?」
「・・・・・」
「ただ一人を想い続けたいと」

それは当たり前の事だったはずなのに、と俯き視線を落とす。

「・・・貴女のことを"アラミス"と呼ぶ事にしてから何年経ちますか?」
「6年です」
「随分と経ちましたね」
「・・・その間に何度か、此処で祈りを捧げることで6年間の心に戻る事ができました」
「6年前の心とは?」
「フランソワの事だけを想う心です」

彼だけを想い、彼を殺した人物を恨み、憎み続ける。
それ以外の気持ちは要らない、"ルネ"はそう思って"アラミス"になったはずだった。

「心は戻りましたか?」

優しく問う神父様の言葉に力なく首を振る。

「少し前に私は・・・銃撃に遭いました」
「・・・無事で何よりでしたね」
「ええ、まだ痛みは残っていますが」

左肩を押さえ、あの時のことを思い出す。
ぎりぎりの状態から助かったと判った時に胸に満ちた安堵感。
仲間達が一晩中そばに居てくれたことが心強く、そして何よりも、
夜中に痛みから目を覚ました時にアトスの姿を無意識に探してしまったこと。

熱に浮かされていただけだと、最初はそれを否定をしていた。けれど・・・

「・・・何度押し出しても、想いが溢れてきます」
「・・・」
「私は、自分の心の弱さを恥じています」
「貴女はそれを、心を巣食う悪魔だと思っているようです。違いますよ」

神父様は優しく諭すよう、私の懺悔を聞いてくれた。

「貴女の心のままに」
「それは・・・出来ません」
「なぜ?」
「・・・」
「"アラミス"の想いを大切にしてください」
「それでは"ルネ"はどうなるのですか?」
「彼女の譲れない願いは"アラミス"がきっと遂げてくれますよ」
「それは・・・」
「いつかきっと。だからこそ"アラミス"の心のままに」
「・・・」
「パリに戻りなさい。答えはもう見えているのでしょう?」

小さく、頷くしかなかった。

*********

灯りは付いていない。
日は落ちたが、家主はまだ戻ってないようだった。

ちらちらと降り始めた雪が辺りを白く覆ってく。
軒先に腰掛けて、瞬く星を見上げていると色々なことが思い出された。

今まで何度か心を返したつもりでパリに戻っても、アトスの優しさや
ポルトスの明るさに結局は甘えていただけなんだな、と思う。
頑なに全てを閉ざしたままで居られるほど自分は強くない。

ほぉ、と息をはくと白くあたりの景色がぼやけた。

(アトスは今日、帰ってこないのかな)
急な夜勤でも入ったのか、誰かと約束があるのか。
アトスの女嫌いは有名で浮いた噂は聞いたことがない。
仲間の銃士達がからかったり、探りを入れたりしても適当にかわしているが、
誰か想う人はいるんだろうか。

もし想う人が居て、それが自分であったら・・・と想像し同時にありえない、と首を振る。
自分が女であることは気が付かれてると思うこともあるが
それなら益々こんな身体も心も傷だらけの女なんて興味ないだろう。

自嘲気味に、それでも"アラミス"はアトスに逢いたくてここに居るんだと改めて思う。
芯まで冷える寒さがなぜか心地よく、息をもう一つ付くと、白く空に消えていく。

と、遠くでもう一つ白い息が空に消えていくのが見えた。
目を凝らすと、アトスの菫色の瞳が驚いたようにこちらを見つめていた。


**********

「何をしてたんだ?こんなところで」
「ん・・・アトス帰ってこないかなって」
「夜勤があったんだ」
「そう」

何だか間抜けな答えを返してしまう。
素直に逢いたかった、とはさすがに言えず、同時にこんな寒空で
恋人でもない男を待っていた自分が急に恥ずかしくなった。

「明日は勤くから。迷惑かけたね」
「アラミス?」
「おやすみ」
「待て、アラミス!」

脱兎のように逃げようとするが、強い力が腕にかかり引き止められたことに気が付く。
ますます恥ずかしさが募り振り払おうとするが、掴まれた腕はそのままだった。
抗議の声を上げようとすると、今まで見たことない顔のアトスと目が合う。

「私を待っていたのか?」
「・・・」
「・・・私の顔を見たかった、とか」
「・・・違うよ」
「ではこの数日、どこで何をしていたのか聞いてもいいか?」
「・・・困る」

まるで心を見透かされ、本気で逃げたいと思う。
だが同時に、強く掴まれた腕から伝わるアトスの体温が愛おしくて堪らない。
離さないで欲しいと思った瞬間解放され、それを惜しく思うと同時に
指を絡ませ手を繋がれた。

絡まる指の一つ一つが心をうわずらせて、鼓動が伝わってしまうのではないかと思う。
そのまま放心してしまいそうになった時に、頬への感触にびくりとする。

・・・あの人に最期に触れられた頬の感覚を思い出した。

必死に心を押しとどめ、抗議の声を上げる。

「そんな風に触れられたら困る・・・」
「なぜ?」
「困る・・・」

胸に満ちていく想いが溢れて、耐えきれなくなる。
両手で頬がゆっくりと包まれ、逸らしていた視線が合うと
菫の瞳に吸い込まれそうになるが、"ルネ"が涙を流す姿が脳裏をかすめる。

心を決めて此処に来たはずなのに、中途半端すぎる自分に対する
嫌悪感に耐え切れず、逃げるように体を離した。

「ごめん。忘れて」
「何を?」
「・・・今の僕」

引き寄せる様にもう一度、頬が両手で優しく包まれた。

「これ以上は触れない。それならいいか?」
「アトス・・・」
「一つだけ、約束してほしい」
「・・・何?」
「私に黙って居なくならないでくれ」

アトスの想いが頬から伝わる。それは何より嬉しい言葉だったはずなのに、
正面から受け止めることが出来ない。

「・・・それは友人としての言葉?」
「・・・」
「違うの?」
「・・・そう。仲間としての言葉だよ」

搾り出す言葉はお互いの関係を確かめるように、雪降る空に消えていった。


直線上に配置







恋愛に限らず、逃走したくなることって人間なら誰でもあるかと思いますが。
その「逃げ場所」アラミスはどこにあったんだろうなぁと。

その度に無断欠勤かよ!?というツッコミは勘弁下さい・・・

それにしても、真正面からアトアラを書こうとすると、アラミスが逃げる逃げる。
自分で逢いに来ておきながら、やっぱ無理!ただ友で!ってなんつー迷惑なことでしょう。

















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