<戦い> 「ふざけんなっ!」 ドカッと鈍い音がして、銃士隊詰め所の前庭に砂埃が舞った。 何事かと思って振り向くと、仁王立ちになったポルトスが 地べたに転がった青年、確かロランだったか・・・、を睨み付けていた。 「何すんだ!一回は一回だぞ!!」 そう言ってロランは勢いよく立ち上がると同時にポルトスを蹴り返す。 その後はもう滅茶苦茶だった。 私はどうすればいいのか判らず、周りをおろおろしていたら門のほうにアトスの姿が 目に入った。急いで駆けつけ助けを呼ぶ。 「アトス!ポルトスとロランが大変なんだ!止めて!!」 「どうしたんだ、アラミス?」 私の必死の形相に何事かと思ったらしいアトスだったが、その後ろで取っ組み合いを している二人の銃士の姿を見ると何事も無かったかのように馬を引いていった。 「アトスっ!?」 「何、いつものことだ。放っておけばいい」 「そんな、止めないと!」 「そんなコトをしたらこちらが怪我をする。それより今日は随分と暖かいので喉が渇いた。 冷たい水を用意してもらえないかな?」 「え、水?」 「そう。見習いの仕事だろ?」 「いや、でも・・・」 尚も殴り合いを続けている二人が心配でその場を離れられない私を半ば強引に、 アトスは詰め所の休憩所に連れていった。 ***** 「銃士隊であんなことは日常茶飯事だ。気にすることはない」 グラスに注いだ水を一気に飲み干すと、アトスは事も無さげに言った。 信じられなくて私は抗議する。 「けれど、殴り殺しかねない勢いだったよ!?」 「それは無いさ。人を殺そうとしてる奴があんな楽しそうなもんか」 「楽しそう?」 「まぁ君にもいずれ判るようになる。本気で止めなきゃいけない喧嘩とただのじゃれあいがね」 「・・・・・」 「見習い初日としては良いものが見れたと思うんだな」 彼はからからと笑って、カードで遊びだした。 その時、どんっと扉が開いて、土まみれ泥まみれになって顔を腫らしたポルトスが 部屋に入ってきた。 「おぉ、アトス、ルーブルから戻ってたのか?」 「ハンサムな顔になったな、ポルトス」 「まったくだ。ロランの奴、仕立てたばかりの服を台無しにしやがって・・・」 かみ合ってない会話をする二人を私は水の入った瓶を持ったまま ぽかんと見つめていた。 その手のものを見て、ポルトスが言う。 「アラミス、俺にも水をくれないか?」 「・・・え?ああ、水?そ、そうだよね、冷やさないと」 慌ててハンカチを水で浸してポルトスの頬に当てる。途端、ポルトスは大笑いを始めた。 「アラミス、違う違う!俺は喉が渇いたから水が飲みたいんだ!」 「え?」 「ああ、もうその瓶ごとくれ!」 そう言って私から瓶を受け取り、天井を見上げ、思い切りその中身を顔に掛ける。 ばしゃっと心地いい水の音がした後、ポルトスはごくごくと喉の鳴らし、瓶の残りの水を 飲み始めていた。 ***** 「アラミス〜、今は金が無いんだ。お前の歓迎会は次の給料日まで待ってくれ」 「ポルトスがおごってくれるってよ。全員分な」 「おいコラ、ロラン!」 勤務後、肩を並べて仲良く帰っていくポルトスとロランの後ろ姿を 私はあっけに取られて見ていた。数時間前の喧嘩は何だったんだろう? 「何て顔で見てるんだ?」 アトスがおもしろそうに問う。 「うん、何ていうか・・・」 「男同士のなんてそんなモノだ。喧嘩した後のほうが仲良くなれたりするものだぞ」 「そう・・・」 「女同士の争いのほうがよっぽど性質が悪い」 そう言って、私をちらりと見る。 その目線の意味に気が付かない振りをして、言い返してみる。 「・・・どうして女同士の争いについても詳しいの?」 「まぁな、いろいろと、な」 「・・・ルーブルのご婦人方の相手は大変、ってこと?」 銃士詰め所に戻ってきた時に女物の香水の匂いがした気がしたんだけど・・・ アトスは意味ありげに笑い、私の頭をぽんっとたたいた。 「ま、坊やにもそのうちわかるさ」 ひらひらと手を振って、彼はパリの街に消えていった。 |