Francois-X ベルイールの要塞は陥落し、鉄仮面一味は壊滅した。 その首領であった男は脱出時に鉄の仮面を脱ぎ捨て、抜け道であった海洞から島の沿岸まで潜水し、 戦いで海に転落したフランス軍兵士達にまぎれることにより、その正体を見破られることなく 海上の孤島から対岸の港町まで戻るに至った。 フランス軍の勝利の行進に加わる自分に屈辱を感じながらも、落石により大きな損傷を負った片足が 不自由な上、今の自分には何もない。それならば幾らかの傭兵金を貰えるであろうパリまで 大人しく一兵の振りをして運ばれたほうがよい、と算段したのだった。 しかしその凱旋での王や側近達、特に四銃士の姿は男にとって忌々しい以外の何者でもなかった。 勝利に喜び勇む姿に加え、アラミス、と呼ばれる銃士を気遣う黒髪の銃士の姿。 それに甘えるように寄り添う金髪の銃士は以前とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。 マンソンを討ったことによって全て終わったと思っているのか? それで"フランソワ"のことは全て過去に流したというのか?あの崩れ去った要塞に 全てを置いてきたというのか? 男はただ無言に、遠くからでも陽の光に輝く白馬上の金の髪を見続ける。 その気配を感じ取ったダルタニアンがアトスに小さく告げた。 「ねぇあの人、アラミスのことをずっと見てるよ」 「・・・どいつだ?」 「あの傭兵部隊の濃茶色の髪の人」 「君は目がいいな、あんな後方部隊の様子がよく見える」 「だって気持ち悪いんだ。変な気配がするっていうか、妙な視線だなって思ったら気になって」 「・・・どうせそっちのケのある傭兵だろう。よくあることさ、 アラミスはあの容姿だからか目を付けられる」 「そう・・・」 ダルタニアンもそういう趣味の男を知らないわけではない。 だが、その男にはそれとは違う、"何か"を感じてはいた。 けれど今はアラミスの不安を煽るようなことはしたくない。 穏やかな笑顔を浮かべアトスと笑い合う横顔を見て、ダルタニアンは心の底からそう思った。 *** 国王は帰路途中にある領地主の館で一晩を明かすこととなり、 その兵達は近辺に陣を張り、館の下女達や近辺の村娘と思い思いに戯れの時間を過ごす事となった。 男も村女に褥中に誘われ、時間を潰していた。 「それが、本当に綺麗な銃士らしいのよ。アンタ見た?」 「さぁ?」 「金の髪に蒼い目、白い肌をしてお人形さんみたいなんだって!」 「誰から聞いたんだ?」 「館仕えをしてる娘からさぁ。何でも怪我してるとかで外れの部屋を使ってるみたい。 夜這いに行っちゃおうかしら」 「おいおい、俺の相手はもう終りかい?」 「そうねぇ・・・」 女は土臭い肌を摺り寄せて来る。 その相手しながら、男はベルイールで触れた絹のような肌を思い出していた。 *** 兵達の凱旋の宴も終り、辺りが寝静まった頃。 男は村女から聞いた館の外れの一室に忍び込んだ。 寝台で静かに眠っている白い顔を見下ろす。 安らかな寝息をたて、戦の疲れからか深く寝入っていた。 張り詰めていた雰囲気は無くなり、その寝顔は幼ささえ覗く。 既に男の記憶は混濁し、ノワジーの事は断片的にしか思い出せなくなっていた。 しかし、その瞳を閉じられた顔には覚えがあり、吸い込まれるように 薔薇色の頬に手を沿わせようとする。 誰の夢を見ている?私か?それとも・・・ 「触るな」 その時、音も無く扉が開き黒髪の銃士が現れた。 目には激しい憎悪の色を浮かべ、相手を射抜く。 その挑発を受け流し、男はゆっくりと笑いを浮かべた。 *** アトスに促され、二人は館の裏の森で対峙する。 「何と呼べばよい?」 「さあ、ご自由に」 「・・・鉄仮面、ではまずかろう」 「・・・さすが、"銃士隊一の知恵者"だな」 「嫌でも気が付くさ。肋骨を折ってくれた相手だ」 「私を捕まえようというのか?」 「無理だろう。あの仮面以外、お前が鉄仮面だという証拠はどこにも無い」 「ご名答だ」 男のその言葉に蔑を感じ、怒りに燃える藤色の目を細めた。 その姿にますますの可笑しさを感じて、男は更に挑発を重ねる。 「もう抱いたのか?」 「何のことだ」 「金髪の銃士殿のことだ」 「お前には関係ないことだろう」 「良ければ教えてさしあげようか?どのようにされるのがあの女の好みか」 「やめろ!」 剣を抜き、相手の首にその先を向ける。 しかし男は微動だにせず、抜き身の剣を楽しそうに見やる。 「どうした?今の私なら簡単に殺すことができよう?」 負傷した足をわざとらしく引き摺ってみせる。 「そうだな。簡単だろう。だが・・・」 「だが・・?」 「お前を殺してしまうことが正しいことか、私には判断しかねる」 「三銃士のリーダともあろう方が、その程度の判断ができないとは情けないことだ」 「勘違いするな。フランスの為ならばお前の首をさっさと刎ね、私の名の元にこの首は鉄仮面のもので 間違いないと陛下に捧げればよいこと」 「その通りだ」 「ただ、それではお前の顔が晒される」 「何か問題でも?」 「・・・」 「では私を殺して、この森の奥にでも埋めるか?」 「そうだな・・・私の憤怒を抑えるためにもそうしたいが・・・」 「が・・・?」 「・・・お前はアラミスの"過去"と関係あるのだろう」 「"過去"か。・・・"ルネ"は"フランソワ"のことはもう過去だと言ったのか?」 「・・・」 「貴公が"フランソワ"を殺したと知ればルネはどうするかな?」 くくく・・と忍び笑いを男は立てる。 その目に浮かぶ狂気にアトスは自分の勘の正しさに呪いの言葉を呟く。 どさっ、と重さのある麻袋をアトスは男に向かって放り投げた。 「ベルイールで回収された金銀だ。それだけあれば何とでもなるだろう。さっさとここから立ち去れ」 「これは親切に」 「ただし、二度と私達の前には現れるな。次にお前の姿を見た時は間違いなく殺してやる」 「"私達"か、面白いことを言う」 「黙れ」 「あの女の心は私の物だ。永久にな」 「・・・だから陵辱したのか?」 「あれは私の所有物だ。どうしようと勝手だろう?」 「貴様・・・」 「ああ、立ち去るさ。命は惜しいからな」 男は動かない片足を引きずり、闇に消えていった。 *** 重い足取りで部屋に戻ると、アラミスは身じろぎ怪訝な視線を向けた。 「アトス?」 「起きたのか?」 「うん、何だか胸騒ぎがして・・・」 「心配するな。ここは安全な館の中だ。ゆっくり眠れ」 「うん...」 立ち去ろうとするアトスの上着の裾を掴み、不安げな瞳で見上げる。 「何だ、ずいぶんな甘え様だな」 「ごめん・・・もう少し居てくれる?」 「構わないが」 寝台に腰かけ、ゆっくりと金の髪を撫でる。 美しい猫がじゃれつくように、アトスの手に頬をすりよせてくる姿にいとおしさを感じ、優しく問う。 「婚約者殿の話、聞かせてくれるか?」 「・・・フランソワのこと?」 「そう。フランソワ殿はどのような方だったのか。 君達はどのように出会い、どのように愛し合ったのか?」 「うん・・・」 「辛いか?」 静かに首を振り、大丈夫、と小さく呟く。 アラミスはやがてゆっくりと、小麦畑色の髪と瞳を持っていた優しい恋人の話を始めた。 |