Francois-W 王弟奪回のためベル=イールに忍び込んだ二人の銃士が捕らえられた夜。 小さな窓から射す月の光が豊かな金髪を闇の中に浮かび上がらせる。 その横顔は冴え冴えとし、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。 「少し休んだらどうだ?ここ暫く、碌に寝ていないのだろう?」 「いや・・・」 小さく否定して、ひたすら窓の外を睨み付ける。 その姿に黒髪の銃士は語調を荒げる 「ここから逃げ出す算段なら止めろ。時間の無駄だ」 「何だって?」 怒りを含んだ蒼い目が射抜く。 「このような足枷をさせられて、何ができると言うのだ」 「・・・」 「焦る必要は無い。殿下の身に危険が及ぶ心配はないだろう。 それよりも少しは眠って明日に備えておいたほうが良策だと思うが?」 「それは・・・」 悔しさに形の良い唇を噛み、アラミスは座り込む。 だが、やがてアトスの言い分に従い、目を閉じた。 たとえ眠れなくても・・・ その時乾いた靴音がし、捕らわれの銃士達の前に鉄仮面と呼ばれている男が現れた。 全身黒で覆われた姿は恐ろしいまでの威圧感が在り、並みの銃士であれば震え上がり命を乞うほどである。 気高き二人の銃士はとっさに身構え、鉄仮面へ鋭い眼光を向けた。 しかしその姿を一瞥すると、獅子が獲物を蹴散らすように黒髪の銃士の腹に容赦無く蹴りを入れる。 鈍い音がし、足枷の鉄球ごとアトスは壁に叩き付けれた。 吐しゃ物と共に赤黒い血が彼の口から噴き出す。 あまりに瞬間の事で声も出ず、ただその惨状にアラミスはアトスの側に駆け寄ろうとした。 しかし鉄仮面はアラミスのその細い腕をあっと云う間にねじ上ると、 後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、その体を担ぎ上げた。 「この女、借りるぞ」 くぐもった声が牢に響き、暗闇の中に二人の姿が消えようとするのをアトスは激痛に絶え必死で抗議する。 しかしその叫び声は届かずただ動かぬ体を呪うことしかできなかった。 *** 要塞の一室に着くと鉄仮面はその猿轡を外し、アラミスを床に転がした。 怒りに燃える蒼い目を見下ろし、薄笑いを浮かべて鉄仮面は問うた。 「女、お前に聞きたいことがある」 その言葉に僅かに動揺しながもアラミスは気圧されぬ様、必死に言葉を紡いだ。 「鉄仮面、私もお前に聞きたいことがある」 「何だ?先に聞こう」 「・・・フランソワ、という名前に覚えがあるだろう?」 「フランソワ?ああ、捨て駒とされることも知らずに国家に忠誠を誓っていた愚かな男のことか?」 男はその名で呼ばれていた、嘗ての自分を思い出す。 自分はフランスに忠誠を誓っていた。だからこそ、その冠を被る人物はこの美しい国に相応しい者では 無ければと思っていた。 くだらない理想論だった。 だが最愛の恋人を侮辱された銃士の姿をした女は、怒りに叫んだ。 ・・・その相手を誰とも知らずに・・・ 「お前のせいで私の人生は狂ったんだ! フランソワが殺されなければ・・・私は・・・私は・・・」 その言葉にぞくりとする快感が男の背を這った。 マンソンからこの銃士は女で本名が"ルネ"であるという話を聞いた時は男は俄かに信じられなかった。 6年という歳月は恐ろしく人の姿を変える。 何度か対峙した時も、1年足らずしか交わらなかった恋人の姿なぞ到底連想できなかった。 それを確かめる為にこの場に連れてきたが、これ以上何を聞く必要も無かった。 自分の死がこの女の人生を狂わせた。 あの可憐だった少女が、埃にまみれ、枷を付けられ、私の足元に転がっている。 その姿に情愛などではなく、完全な制服欲という名の欲情が男に湧き上がる。 ここで仇と思う男に陵辱されれば、この女はますます"フランソワ"の影を追い駆け続けるだろう。 優しく誠実な恋人に愛された記憶は鮮やかに蘇り、それはその魂に永遠に焼き付けられるだろう。 目の前の獣の狂気染みた思いに本能的に気づき、思わずアラミスは後ずさりをする。 必死に自分を押し留めようとするがその目は心ならず怯えた色に染まっていく。 鈍い動きで後ずさる彼女をさらにゆっくりした足取りで男は追い詰める。 暇に任せて弄んでいた獲物を、飢えている時に再び見つけた獣の気持ちはこういうものなのか・・・ 恐怖に捕りつかれた姿を見て、悦に入る。 男は獲物を充分に焦らし、その牙を剥いた。 *** 数時間後・・・ 痛みに耐えていたアトスの元にぐったりとしたアラミスがまるで荷が運ばれるように戻ってきた。 彼女が何をされたのか・・・ 手荒くはだけられた上着から覗く痕が物語っていた。 仮面の下の表情は放り出された女を庇う銃士の仕草に侮蔑の笑みを浮かべ、あざ笑うように問う。 「この女に惚れているのか?」 ぎりっと歯を噛み締め、アトスは答えない。目には恐ろしいまでの憎悪が宿っていた。 その姿を可笑しそうに見下ろし、鼻で笑う。 「無駄な事だ。この女の心を支配しているのは・・・」 男はその先の言葉を続けようとして、止めた。かわりに嘲笑を込め言い放つ。 「試しに抱いてみればいい。それが誰なのか、貴公にもわかろう」 踵を返し、笑い声を上げながら男は去っていった。 *** 「アトス・・・、体は大丈夫?」 アラミスに膝に貸し、忌々しげに窓の外の月を眺めていると力の無い声が聞こえた。 同じように月を見ている。 その頬には打たれた痕が見え、唇も切れ、白い肌が痛々しく赤に染まっていた。 そっと肌に触れ、ほつれた金の髪を梳く。 「それは私の台詞だ・・・」 「肋骨、やられたんじゃない?背中も随分強く打ってた。血も吐いて・・・」 「私のことはいい。それより・・・」 その後の言葉を続けられず、黙り込む。やがて静かに一言だけ告げる。 「あの男にはもう近づかないほうがいい」 その言葉にアラミスはこくん、と小さく頷いた。 自分の忠告ではあるが、素直に承諾する姿にアトスは驚く。 弱気になる彼女を見るのは初めてだった。 その首筋の赤黒い痕が金髪の間から覗く。残酷ではあったがアトスは問うた。 「鉄仮面の顔は・・・見たのか?」 「・・・目隠しされてたから」 「そうか」 その言葉にアトスは少しだけ安堵する、少しだけだが。あの男はおそらく・・・ 癒えない傷をこれ以上負わせたくない。アトスは諭すようにアラミスに告げた。 「アラミス、君の復讐はマンソンを討つこと、それだけだ。それ以上の個人行動は絶対に駄目だ。 鉄仮面は法の裁きに任せよう。いいな?」 膝の上でまた、小さく頷く気配がした。 こんな時ではあるが素直なその姿を可愛らしいとアトスは思った。 自分の勘が正しいなら、絶対にあの男にアラミスを近づけてはいけない。 あの男は・・・ 考えに耽りそうになった時、つ、とアトスの袖を引きアラミスは問うた。 「アトス・・・」 「なんだ?」 「私の事、抱くの?」 「先ほどの話か?」 「・・・」 「今は眠れ。膝を貸しといてやるから」 やがて寝入った彼女が小さく"Francois"と呟いたようが気がした。 そんな事、とっくに判っている、アトスは心の中で呟いた。 |