Francois-T

夜の闇の中に女のしどけない裸体が浮かび上がる。
熟した男女の匂いが辺りに満ち、空気が熱を帯びる。
しっとりと汗ばんだ女の体からは緩やかに力が抜け、欲情を吐き出した男は緩慢な動作で体を起こす。

ノワジー・ル・セックのはずれの小さな館。
屋敷の主人は知らぬ秘められた寝室での営みは互いに充分の快楽を得、終りを迎える。

「ずいぶん若い娘に手を出してるのね」
長い黒髪を素肌にさらし、視線を外した女がからかう様に問う。
男は先ほど脱ぎ捨てたシャツを羽織り、パリの土産のワインに手を伸ばす。

「よく調べてるな」
「それが私のお役目ですから」
「何も知らぬ只の田舎娘だ。心配することはない」
「例え国家機密を探るスパイだとしても...」
意味ありげに微笑む。
「男は剣で。女には体で、だったかしら?」
「ご名答」
闇色に染められたグラスを渡すと"merci"と妖艶な微笑みを浮かべ女は続ける。

「16歳の伯爵令嬢だったかしら。フランソワ、貴方は今お幾つ?」
「32だ」
「32の国家機密を握る男が世間知らずの16歳の田舎娘と、おもしろいわね」
「そういう君はアンリ4世陛下と幾つの差だったかな?」
「王と貴方とは違うわ」
黒い華を思わせる美貌の持ち主は先王の愛人達の中でも、際立って美しくまた聡明である。
争いの元凶の女達の中で双子の王子の存在を知っているのはこの女だけだ。

今は先王の意思を継ぎ、パリの王宮の様子を月に1度報告に来る。

「ルーブルの状況は?」
「変わりないわよ。陛下とアンヌ王妃は相変わらず不仲で世継ぎの誕生など望むべくも無いわ」
「王のスペイン嫌いは相変わらず、か」

グラスを飲み干すと男からふっと笑いが出る。
私のフィリップに瓜二つのルイ13世は愚かだ。
王に必要なのは愛を通わす結婚ではない。

「フィリップ様に丁度よいかと思ってね」
「何の話?」
「デルブレー家のご令嬢さ。フィリップ"陛下"にね」
「...伯爵令嬢風情で王妃に、と?」
「いやいや、寵妃としてだ。それに必要な賢明さと王を虜にする肉体を彼女は持っている。
王妃にはオーストリア女でもスペイン女でも釣り合う身分の娘を適当に見繕えばよい」
「...そしてその寵妃の体をあなたが今仕込んでいる、という訳?」
「先王の愛人だった君にならわかるだろう?寵妃の体が王にどれほどの影響を与えるのか」

男は若い恋人、ルネを思い出す。豊かな金の髪と何の穢れも知らぬ青い瞳、そして体。
秘密を嗅ぎ付け近寄る女達は手練手管を知り尽くした女ばかりだ。
あらゆる技巧を尽くし彼の体を犯し、秘密を探ろうとする。
そんな獣達からの仕掛けをかわし、また時には誘惑に乗りその体を貪る。
それは一種の遊戯であり退屈な田舎暮らしに程よい刺激を与えてくれる。

しかしそのような駆け引きに飽きていたことも確かだった。



彼女は何も知らない。私のことしか知らない。
小さな蕾が少しずつ開いていくように、彼女の体は私に少しずつ応えるようになってきている。
震えるようにすがり付いてくる彼女の瞳はいとおしい。
優しく声を掛けると頬をばら色に染めていじらしくそれに応える姿。

やがてルネの体に私の全てを教え、その肉体を持って彼女がフィリップの寵愛を受けるようになる。
そのことを想像すると、私は何物にも得難い恍惚感に満たされる。



「美しい娘だ。このような田舎には似合わないほどにね」
「その娘、貴方を愛しているのでしょう?愛人としてあてがうつもりとは、酷い男ね」
「そのうち愛とは別と割り切れるようになる。ルイに代わってフィリップ様が王となられる頃にはね」
「ふふっ」
「そして私は王の摂政として、中央に出る。彼女を妻として」
「その妻は王の愛人ということ?」
「そういうことだ」
「怖い人」
「王に悪い雌が付いては困るからね」

そろそろ帰るわ、と女はガウンを羽織り客室へ戻ろうとする。
そう言えば...と艶のある声が部屋に響く。

「一つ教えておくわ。貴方と伯爵令嬢の話、誰から聞いたと思う?」
「...領民の誰かが見たのだろう?森に忍んでいく男女なぞ珍しくもあるまい」
「彼女の後見人の男爵の使用人からよ。貴方を屋敷に呼びたいとお嬢様が言っているらしいわ」
「何・・・?」
思わず口が歪む。
私たちのことは二人の秘密にと言っていたはずだ。
いずれ迎えに行く。それまでは、と。
女の口が軽いことは重々承知だ。だからこそ...

「16歳の恋する娘の口に戸は立てられないわよ。
貴方が今まであしらってきた女達と同じやり方では駄目よ」
「・・・男爵を会い、話をつける必要がありそうだな」
「足元すくわれないよう気をつけてね」
不吉な予言のような言葉を残し女はパリに帰っていった。

王となる人格を育て、いずれ国を動かす。それは私の唯一の希望であり、光だ。
そのためフィリップに王として必要な事全てを徹底的に教えこむ。
人柄も申し分無く、素直で柔軟で温和で、強い意志を持ち、既に王に相応しい気品も身に付いている。
そのように私が育ててきたのだ。私が。

こんな所でその計画を邪魔されるわけにはいかない・・・・・







黒フランソワ。この会話をルネちゃんが聞いたら身投げしそう。

けど生身の人間なら、王族を育ててたら野心が湧かないのかな、と。
王となる(かもしれない)人間に全てを教えることができる。
野心が生まれても仕方無いと思います。
本人も相当優秀な人間だったようですから「自分はここで終わる自分じゃない」と
いう気持ちが有って然るべきだと思うのです。

けど全て...とは言え、そっち方面はフラさんは教えられない訳で・・
けど下手な女に依頼したら、そいつに洗脳されてしまうかもしれない。
だったらその相手も自分が育ててしまおう、というとんでもない考えで、
ルネちゃんを仕込んでいるフラさんです。
ルネは自分に盲目的に惚れていると信じ込んでいるんでしょうね。

けど「技に溺れるものは技に泣く」じゃないですけど、彼の想定外の
ルネの真っ直ぐ過ぎる気持ちがフランソワの計画を駄目にしちゃうんです。
計画外のことが起こるとフラさん、弱そうですが・・・
この後ルネの叔父さんとフランソワの間では黒い取引があったのでしょうか。

お話に出てくる「女」は先王の愛人の一人で、王宮での覇権争いを1歩
引いた目で見ています。フランソワの野心も知っていますが、協力することも
反対することもなく、「まぁ好きにすれば・・」という目で見てて、
フラさんも彼女のことをそういう意味で信用してて、ペラペラ話してます。
別にフランソワと関係させる必要は無いんですが、男と女が密会してたら
ついでに・・・ってこともあるだろうと。二人とも割り切った大人だしね。

この愛人が数年後パリでアラミスに下手な告げ口しないことを祈ります。
















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