※Francois-[の劇中話です。


Aramis-T

風を冷たく感じ窓を閉めようとすると、空には月が浮かんでいた。
知らず夜が訪れたことに気が付く。

ノワジーは静寂に包まれ、この館で動く者の気配は自分以外には無い。
私は眠るあの人の元に向かう。

閉じられたままの瞳。
動かない体。
けれど浅く繰り返す呼吸。

唇に触れると冷たくも僅かに感じる温もり。

ずっと欲しくて仕方なかった温もり。
その温もりが全てで、彼の存在が全てで、ただ幸せだった頃の記憶が流れ込んでくる。

「フランソワ・・・?」

愛しい言葉をそっと紡ぐ。

けれど沈黙の帳が落ちたまま、彼の唇が私の名を紡ぐことはない。

沈黙の闇が心をぎりぎりと絞め付ける。
その闇は心を巣食い始め、自分の中の何かが狂いだす。

意地悪な悪魔が囁く。
彼を目覚めさせる方法をお前は知っているだろう?・・・と
振り払おうとしても、否定しようとしても、纏わり付いてくるそれには
同時に一縷の望みが混じる。

目覚めた時、彼は微笑んでくれるかもしれない。
優しく私の頬を包み、そっと抱きしめてくれるかもしれない。

幻に捕らわた私は傍らの小瓶に手を伸ばす。
そっと乾いた唇に液体を流し込む。
2滴、3滴・・・

やがて身動ぎ、瞳を開けるのはただの獣。
人間であることを放棄した肉体は、本能のままに私を蹂躙する。
体をバラバラにされそうになり、同時に自分の愚かさに涙する。
やがて欲望を吐き出した彼は意識を失い崩れ落ち、私はその体の下から這い出し声を殺して嗚咽を上げる。
冷たい夜気が頬を包む。

何度も何度も、その繰り返しだった。

絶望に抱かれたままの朝を何度も迎えたある日。
アトスが訪ねてきた。
彼に自分の行為を見透かされ、声を枯らす私をアトスは繭で包むように抱きしめてくれた。

アトスとはいつもこの距離だった。
手を差し伸べてくれても、引いてくれることは無い。
抱きとめてはくれても、強く息が止まるほど抱き締めてはくれなかった。

アトスが去った後、彼の部屋に入り眠る姿を見下ろす。
生気を失った頬に手を沿わせ、僅かな温もりを確かめる。
その刹那、瞳が開かれ手首が掴まれる。

「・・・男・・の匂いがする」
「!」
「・・あの・・・銃士か?」

掠れる声は私の心臓を鷲掴みにし、ぎらぎらと睨みつける眼光は心を凍らせる。

今までもふいに彼の意識が戻ることはあった。
だがそこに意思は無く、しばらく視線が宙を彷徨うだけだった。

けれど、はっきりと憎悪の色を瞳に宿し、あらん限りの力で私を掴んだまま離さない。
ぜいぜいと荒い呼吸の中で、アトスとの事を問いただそうとする。

「違うわ。アトスとは何もないわ・・」
「・・嘘を・・つくな・・・」
「嘘じゃない・・・」

愛しているのは貴方だけだと伝える方法。教えてくれたのも彼だった。
彼の体に埋まり、舌を這わす。自分のなかで彼が躍動する。
背徳の行為。それに悦び震える自分。
堕ちていく闇はどこまでも優しく私を包み込む。

ある日、王弟が一人の婦人を連れて訪れた。
殿下はフランソワの変わり果てた姿を目にし涙を流す。
私は無表情にその姿を見つめていた。

「そなたに世話を任せるのは本意ではないが、致し方ない・・・」

殿下は私と目を合わせること無く、早々に去っていった。

あの頃、彼はその身分でフランソワを縛っていた。
何もできず、待つだけだった自分が悔しくて仕方なかった。
だが、この王弟から彼を奪い取ったことを感じると、歪んだ喜びが胸に広がる。

残った黒髪の婦人は、私を見やると静かに口開いた

「貴方、彼に薬を盛っているでしょう?」
「・・・!」
「その体、男の匂い染み付いているわよ」
「それは・・・」
「人間としての理性を無くして、動物としての本能だけで生きているのね、この人は・・・」

優美な仕草で、そっと視線を落とす。
だが婦人が見つめる先にフランソワは無かった。
誰を想っているのだろうか?
この人にも激しく愛した人が居たのだろうか?

「心配しなくても、私は傍観者よ。誰に何を言う気はないわ」
「・・・」
「この人は・・貴方のものよ。好きにすればいいわ」

返す言葉を失い、黙り込む私を見て婦人は静かに微笑みを浮かべた。

「少し、昔話をしていいかしら?」
「・・・?・・・はい」

婦人はかつてフランソワが考えていた事を教えてくれた。
16歳だった私には思いもしなかった事ばかりだった。

「貴方ももう、何も知らない少女では無いからと思って話したのだけれど・・・」
「・・・はい」
「落胆された?」
「・・・いいえ」
「そう」
「・・・私は彼の事何も知らなかったけれど、多くの嘘があったかもしれないけれど・・・
彼の・・・私が愛した部分は信じたいから・・・」

「・・・そうね、何も知らなくても、愛することはできるわよね」

婦人は心を魅了する微笑を残して、ノワジーを去っていった。



「ルネ」と優しく呼んで微笑んでくれる彼を愛していた。
あの時、それだけでよかった。
例え彼が誰であろうとも、よかった。
その微笑みだけで、満たされていた。

もう一度・・・もう一度だけでいいから彼が微笑んでくれたら私は救われるのに。



彼が逝ったのは満月の夜だった。
月が満ちている夜は、あの日の彼を思い出す。
確かにそこに在った彼の微笑み。
だから、いつもより少し多く、液体を流し込む。

4滴、5滴・・・

彼の体が小さく痙攣する。
薄く開かれる瞳は私を見た後、綺麗に微笑み、す、と閉じられた。

力の抜けていく体を抱き締めると、私も微笑み返す。
月の光の下、私はゆっくりと幸福感で満たされていくのを感じていた。





アラミスの心理描写、ああ、暗い暗い。
なかなか自己中な人です(だから好き)

このアラミスは「アトスに強引して欲しい!」と思ってます。
自分の力でフランソワさんの影から逃げられないから(逃げる気もない)
誰かに、強引に引っ張って欲しいとどこかで願ってます。
そうすれば、心変わりも自分のせいじゃないしね。ズルイ女よの〜♪

そしてフィリップ様、ちょっと出てきました。
アラミスの独占欲を満たすためだけに・・・

で、黒髪婦人も出て来ました。
自分の話の中だけの人物は、単なる記号であったり便利屋であったりに過ぎないので、
余計な肉付けはしたくないのですが(だから名前すら考えてない〜)、
これまたアラミスの心理描写に利用するために、ちょこっと影の設定追加。
「黒髪婦人は先王を誰であるか知らずに出会い、愛した」「後に国王であることを知った」
まぁ無くてもいい話なんですが、自分を盛り上げるために(笑

ああ、そしてフランソワの最期の言葉・・・
考えに考えた末、聖人のような微笑だけでアラミスの心を縛り続けるの
だろうな〜、と思いまして・・・
その笑顔があれば言葉は要らない〜、みたいな?







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